伝える事

お盆が過ぎるとまた曇り空になって朝晩はさらに涼しくなりました。
アブラゼミも鳴きだしたけれど曇り空に遠慮したかすぐに鳴くのをやめ、コオロギの合唱が聞こえています。

お盆といえば終戦記念日も迎えるのですが、年々報道で取り上げられることが少なくなっているような気がします。

私は ‘戦争を知らない子供たち’ です。
しかし、生まれる10数年前まで戦争の時代があったという年代なので戦争体験者の両親から聞いたりしたことは記憶の中に刻まれています。
父はタグボートで朝鮮半島に敵前上陸する直前に終戦を迎え九死に一生を得ました。
母は女学生で大阪の空襲を体験、その父は南方洋上で船が沈み、母をはじめ4人の子供を残し帰らぬ人となりました。
そのような話も自分の父母、また祖父の実際の事であるので戦争はまだ身近なものに思えました。

また、小学生頃まででしょうか、大阪の地下道などで ‘傷痍軍人’という戦争で手足を失ったりした人達が白い兵隊服を来て‘物もらい’をしているのを見たものでした。
脚を失った人は今のような車椅子が無かった時代、板にキャスターを付けたようなものに乗り、アコーディオンで軍歌かなにか弾いていたような気がします。
子供心にその姿は物悲しくもあり、寒気を感じるような恐怖を感じるものでもありました。

そんな体験から戦争というものの断片を実感として持っているので、そんな戦争が終わってから生まれた自分は なんと幸せな事だろうと思っていました。

今の子供たちはどうでしょうか?
先日の体験乗馬会の時、乗馬も終わってから、最後に、戦争に行った馬たちの話をしました。

話を考えている時に、戦争があった時代が60年も70年も前のことであるのに気が付いてちょっとショックでした。
今の子供たちにとっては’おじいさん’どころではなく ‘ひいおじいさん’以前の時代でしょう。
実感として捕らえるのはかなり難しいだろうなあ、と思いました。
でも、何か印象に残ってくれればという思いで、こんな写真を見せながら 多くの馬たちも兵隊さんとともに戦場に送られ、帰ってこなかったことを話ました。

日の丸を切って党旗を作ったとかなんとか話題になっていましたが、日の丸を撒かれてバンザイされて戦場に送られた馬もいたのです。
岩手県も馬産地で軍の政策んもと戦地に送る馬を多く生産していたそうです。

何も解らず人を信じてついていく馬たちを思うと胸がいっぱいになります。
画像

(ホースメイト40号より)

今の子供たちに戦場で馬が車がわりに荷物を運んだりする、などということがイメージできるかどうかわかりませんが、話さずにはいられないのです。
戦争を知らない私に伝えられる事なのです。

人も動物もみんなが平和に仲良く生活できる世界になることを願って。

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この記事へのコメント

r-k
2009年08月22日 21:58
はじめまして
優しい瞳が 切ないですね‥
パカ子
2009年08月23日 22:34
r-kさん、そうですね。こんな優しい瞳をした人を信じることしかできない馬が連れていかれた先が恐怖の戦場だったとは遣り切れない思いと悲しさがこみ上げてきます。
今、戦争になっても馬が戦場に連れて行かれることはないでしょうが、弱いもの、無抵抗なものが悲しい思いをすることに変わりはないでしょう。
無益な戦いが世界からなくなりますように。 
おかう~ま。
2009年08月26日 18:08
お久しぶりです。
東西を問わず戦場に多くの馬が”片道切符”で
送り込まれてきたことは知っていましたがこのような
日の丸姿で送り出されていたとは知りませんでした。
無益な戦いが繰り返されないようにと共に思ったのは
馬に苦痛を与えないように乗れるように・・との思いです。ところで今日”雪原”ちゃんに乗ってきました。馬房から首を長くして覗いてくれて駈歩はスプリングがきいて滑らかでした。


パカ子
2009年08月26日 21:59
おかう~ま。さん、 え~!
雪原ちゃんって、雪ちゃんの息子の?
わあ~! ホースガーデンむらやまさんに行かれたのですか!
ゲンちゃん、大人になったかなあ?
私もいつか乗りにいきたいです。
雪ちゃんのおかあさんといっしょに会いに行きたいなあ。

岩手には唯一戦場から帰還した勝山号という馬がいます。昭和11年に召集され何度も砲弾をあびながらも奇跡的に助かり、終戦とともに帰還し農馬として過ごしたのち昭和22年に体内に残る弾こんが原因で亡くなったそうです。 
おかう~ま。
2009年08月27日 14:45
”せつげん”とひらがなの名前になっていました。
クラブハウスの中にいる私達を馬房の窓から観察してする様子とか・・賢そうな感じ。他にも多分ご存知の”セーラ”もいてほんの少しだけ駈歩させてもらいました。
馬の世界って不思議と何処かで誰かが繋がってますよね・・パカ子さんともそのうち何処かでお会いできるのではと思います。
パカ子
2009年08月27日 21:44
そうですね、馬繋がりの輪は広がってます。
おかう~まさんにいつかお会いできるのを楽しみにしています。
セーラちゃんは見たことはないのですが、今お預りしているリック君のオーナーさんがホースガーデンさんにも行っているので話しを聞いたことがありますよ。

ホースガーデンの皆様にもよろしく!
雪のおかあさん
2009年08月29日 21:32
「伝えること」、ここのコーナーが気になって何度か読み返していました。今日久しぶりにまた読み返していたら、ゲンちゃんのことが話題になっていたので割り込みします。ほんと、少しは大人になったかなぁ?雪もゲンだけには甘かったし、わたしも「チュッチユ君」と呼んでチューばかりしていたので、しつけも何もあったもんじゃない。パカ子さん行ってみたいですね、なんだか少しはおりこうさんになっているらしい!
ゲンが幸せそうでよかったです。
パカ子
2009年08月30日 07:50
雪のおかあさん、ゲンちゃん、がんばっているうですね。どんな青年になったか会いにいってみましょうよ!
秋の山形小旅行の計画たてましょうね。
山形美人独(毒)身の会会長
2009年09月10日 09:23
いつもお世話になっております。
4月に突然リックのお母さんになり、リックの素敵な優しいお嫁さんと3人、本当にお世話になつております。
私もこのコーナーが気になっていました。
私とお嫁さんとでこの時の乗馬会に参加させていただいていました。戦争のお話になった時に、佐々木さんが「佐々木牧場にいるお馬さん達は、最後まで生きる権利のあるお馬さんです」と言われ、あたりまえの事なのに涙が出ました。どんな小さなことでも、私達のできる限り頑張りたいですね。
私もせつげん君に乗せてもらいましたよ。かわいい。いい子。頑張ってます。
ぜひぜひ山形に来て下さい。
私、変な名前でごめんなさい。思い浮かばなくて。手酌委員会の会長もしているんですけどね・・・略して山形美人とよんで下さいって、図々しいですよね???
パカ子
2009年09月10日 19:52
山形美人さん、ともちろん呼ばせていただきますよ~
大動物、家畜と呼ばれる動物たちの生き方は人間しだいです。リック君は素敵な山形美人さんたちにめぐり合えて幸せでしょう。そして山形美人さんたちもリック君といられて幸せ。
私たちもそんな皆さんの姿を見られて幸せです。
リック君に勝る男性も見つけてほしいものですが、難しいかなあ・・・
いつか手酌でいいからご一緒に飲みたいですねえ。

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