気仙沼より

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あの日から丸2年、鎮魂の祈りの日の朝は真っ白でした。
週末は15度近くあった気温も暴風とともに急降下、また雪を降らせたようです。
2年前も雪がちらつく寒い日だった・・・
あの日からの記憶を真っ白にすることはできないし、してはいけない、ですね。


牧場から車で1時間ほどで気仙沼に着きます。気仙沼への国道284号線は復興ロードと言われ震災当時から支援に向う各地からの車が行きかいました。

昨日行った気仙沼の様子です。
昔子供たちを連れて釣りに行った港の岸壁はなくなって水揚げされる市場などの建物も取り壊しが進んでいます。
でも対岸の造船所には船が入っているようです。
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フェリー乗り場も壊れたまま。
でも大島行きのフェリーは運航されていました。
しかし海面が近い。
岸壁とほとんど同じ高さに海面があります。(震災前は岸壁の1~2m下が海面だったと記憶している)
どれほど地盤沈下したものか。
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そんな港にもイカ釣り船なのか漁船も停泊していました。
まけないぞ~と言っているような、凛とした船の姿。
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港から出て唐桑半島へ向いました。
港からすぐのかつては市街地であっただろう場所。
基礎だけになった空き地の中に見えてくるのはあの有名になった打ち上げられた船。
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道路わきに突如現れる巨大な船のかたわらにはお地蔵様が祭られ祈りを捧げる人、カメラを向ける人・・・
当時このあたりは火の海となりあの絶望的なガレキの海となっていた。今は何も無い荒地であるけれどよくもここまで片付けられたものだと思う。
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半島へ入ると曲がりくねった山道からはリアス式海岸の入り組んだ静かな湾が見えます。
いかだが見えます。
目指すのは復活した牡蠣小屋なのです。
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昇り旗を頼って山道を下り、海辺へ降りて行くと・・・・
壊れた小さな港?
牡蠣小屋番屋はどこ? 行き止まりになってしまった所には波が打ち寄せている。
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満潮なのかもしれないけれど、波が上がってきている。 
ちょっと長居をするには心細いような場所、引き返すことにする。
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と、すぐ手前に番屋があったのでした。
復興支援で建てられてという番屋。
漁師さんの直営で土日だけ新鮮な牡蠣を食べさせてくれます。
ポコ夫長年の夢の牡蠣小屋に到着。
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地震にも津波にも負けないでがんばっている浜の人たち。
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美味しい牡蠣のお話は後ほど・・・・・

まだまだ本当の復興には遠いけれど、みんな頑張って動き出しています!

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この記事へのコメント

とばちゃん
2013年03月13日 23:42
震災当日、近所を歩いているとお巡りさんを2.3人
見かけました。おかしいなと思って帰宅後タレビをみると、ヘリの映像が畑を這い上がる濁流を流していました。不思議な感覚でした。
復興は始まったとはいえ始まったばかりで、この先の展開が読めません。
原発処理は全くの白紙です。
人生を狂わされた東北の皆さまの苦悩はいかばかりでしょうか。
ブログの写真、見慣れてしまった風景ですが、じっくり見ると重さを感じます。
日本国民みんなが見慣れてはいけない風景ですね。

番屋のように明るい話題はほっとします。
パカ子
2013年03月15日 15:03
とばちゃん、復興はスタートラインに着いたばかりです。これからの若い人達が描く夢の町が造れるようになっていってほしいと思います。原発問題は自然災害が発端だとは言え、人災の面もありそこに精神的な苦悩が加わって本当に辛い方々が多いと思います。
人の手で制御できないような物、やはり作るべきではないです。
関西ではどうか解りませんが、こちらのローカルTVでは毎日あの日のことを記憶にとどめる番組がまだ続いています。毎日思い出しながら、前に進んでいます。

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