2週間前

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(地震当日の夜。ランタンの明かりの中での食事は朝炊いたご飯のおにぎりとすいとん入りのお汁。)

2週間前の3月11日、午後2時45分に起きた大地震ではその直後から停電になりました。
私は出先で地震に遭いましたが、あまりの強さにもしかしたら家の薪ストーブが転倒でもして火事になっているのではないか? と不安ですぐに車で家に帰りました。
その時にはもう信号機も点灯していませんでした。

幸いにも心配したストーブはわずかにずれていましたが無事でした。
その後にした行動は・・・

停電対策・・・懐中電灯は大きなのが1つ小さいのが2つ。予備の電池なし。(これは備蓄しておくべきでした)
で、キャンプ道具のランタンを出してきました。
ホワイトガソリンで燈すランタンはかなり明るく役に立ちました。
消耗品であるホヤもあったので燈すことができました。
あとは大きなキャンドルがあったのでそれを利用。

停電したということはポンプアップした水が流れてくるここは水も止まる。人用、厩舎用、できるだけ水を貯めました。 が、午後8時には一滴もでなくなりました。

その後、キャンプなどに使っていた水用の20Lポリタンクで水をもらいに行ったり水の止まらなかったマサノリ君が家から持ったきてくれました。
風呂水も落とさないであったのでしばらく使い水にできました。
台所ではやはりキャンプ道具にあった蛇口付きの10Lタンクが役立ちました。
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プロパンガスは安全装置が働いてストップになっているかと思いましたが、転倒もせず普通に使えました。
でも、できるだけ節約。薪ストーブで煮炊きをしました。
ファンヒーターは停電では使えない。反射式ストーブもありましたが、ほとんど薪ストーブで大丈夫でした。
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(揺れているのではないですよ!単なる手振れ)


問題は馬の水。
馬場の南側の斜面の下の田んぼに堤から流れる水路があったのでそこからバケツで汲むことに・・・
厩舎まで坂道を登ること約100m強。
けっこう辛い。
いろいろ方法を考えて昔ポコ夫が酪農をしていた時使っていたミルク缶を一関の厩舎から持ってきて使うことにしました。
水路からバケツで汲んで畦道を運び、途中からミルク缶に移し変え、一輪車に載せて厩舎まで運びました。

一日に使う厩舎用の水。
ミルク缶にはバケツ5杯入ります。
このほかに大きな漬物たる2つにも水を貯めています。
合計約300Lの水を運びました。
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そんな生活が約1週間。
電気、水が使えるようになって本当に楽になりました。
今までこんな便利な生活をしていたのか、改めて感じました。

この期間、日が長くはなったとは言え朝5時半を過ぎなければ明るくならず、夜も5時半には暗くなる。
ランプの燃料もあまりなく、余震におびえながらも寝るしかなかったのです。
人生で一番長時間寝た期間だったかもしれません。
しかし、家があり、寝る事ができる、家も何もかも失った多くの方々からみればなんと幸せなことだったか。

まだ地震も収まらず不安な生活です。
どうか一刻も早く落ち着いてみんな復興に向けてがんばれるように、地震、原発が終息しますように。

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この記事へのコメント

のらじ
2011年03月27日 08:24
何年も前から予感のような
危機感があって、

会社には長時間歩ける靴で、
カバンには、
地図、ロウソク、笛、
飲食物などを入れていました。
何があっても家に帰ろうって。

気がせいてオーバーワークの
徒歩4時間はきつかった。

その備えは今でも変わらず、
会社では暖房も電気もつけず、
夜暗くなったら帰宅。

電車も本数減で動いています。
日本の首都東京の機能がマヒ
したら、それこそ日本経済は
大変なことになりますから。

都心での生活影響は節電だけ
なので助かってます。
あの地震でこの程度ですから
まるで奇跡です。ありがたい。

あの地震の中、頭が冴え、
これは大変なことになったと
血の気がひいて青くなったのを
思い出します。

でも負けない!戦いますよ~!
環境の変化に強いのは女性だし!
機械小僧
2011年03月27日 08:39
原発の使用燃料が完全に安全な温度になるまでに、3年水の中に入れておかないとダメと聞きました↓まだまだ先は、長いです。安全に生活出来る日はいつくるのどしょうか…。
とばちゃん
2011年03月27日 20:56
地震後の生々しい様子が、写真を添えてうかがうことが出来ました。
自前のライフラインの復旧は見事です。

日本史、世界史に残る災害はまだ現在進行形です。目途はいつ?
パカ子
2011年03月27日 21:21
のらじさん、4時間ウォークとは! 
こちらはまだアナログ生活が可能ですが都会ではそうはいかない。田舎より耐久生活がたいへんそうです。そんな生活がこないことを祈ります。

機械小僧さん、とばちゃん、本当に長くなりそうです。直接被害被害だけでない2次、3次、もっともっと関連した被害が続きそうです。覚悟して望まねばなりませんね。

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